NO MORE HIROSHIMA & NAGASAKI MUSEUM

原爆による熱線は、人びとを焼き殺し、火傷を負わせました。燃え広がった火は、街を総なめにしました。爆風で、地面や壁にたたきつけられて多くの人が無残な死をとげました。 爆風は60kmにまで達し、家屋の損壊は5kmまでおよびました。爆心地から1.5km内の木造家屋は一瞬で倒壊し、家の中にいた人びとは押しつぶされ、火災で生きたまま 焼き殺されました。 原爆の放射線は、近距離で被爆した人びとに急性原爆症を引き起こしました。放射能の影響は、家族さがしや救援のために広島、長崎市内に入った人びと、被爆した人の 看護にあたった人たちにも及びました。 死の同心円 広島の死者のデータ 長崎の死者のデータ 原爆投下時の広島市の人口:31 ~ 32万人 1945年12月31日までの死者:約14万人±1万人 原爆投下時の長崎市の人口:27 ~ 28万人 1945年12月31日までの死者:約7万人±1万人 死者のデータは庄野直美・飯島宗一『核放射線と原爆症』=日本放送出版協会から。広島上空(左)、長崎上空(右)のサテライトイメージは)のサテライトイメージはグーグルマップから。

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